ブクログに書評をたまに書いているのですが、昨今のサイバー攻撃でデータが吹っ飛んだら寂しいのでリスクヘッジします。また、新しく毎日考えるのもしんどいので…
自分がこの本を読む前に考えた会計学の課題
金融機関の場合の話である。満期保有目的債券に保守主義(間違っているかも)を適用して債券が値下がり、減損する。
また売買目的有価証券やその他有価証券が値下がりし、当期の損失が確定すると債券の価格が戻る可能性があるのにも関わらず、または資本が充実しているのに金融機関の預金者が現金を逃避させることによって、金融危機を誘発させることになる。
要するに核となる経営基盤があるにも関わらず会計の処理方法により思わぬ危機を引き起こす可能性がある。
本書が提示した会計学の問題点
財務諸表の情報提供機能を重視した公正価値に基づく開示は、過去の損益計算が本来の役目であるはずの財務諸表に、未来の情報を提供することになった。それは過去の収益を素に利子率を乗じて将来価値を算出して将来予測をするという管理会計的な機能を持つことを言う。(将来価値の部分に自信がない)
本来、経営の将来予測は困難であるのにも関わらず、今までの収益を素に資産の現在価値を計算することは、キャピタルゲインの獲得を目指す投機的取引が増えた昨今の市場環境に適合したものであるが、そのような投資家は企業のゴーイングコンサーンに関心が薄い。
投機的投資家を重視すると不正会計を誘発するリスクが生じる。投資家は配当金と次期の純利益の予測を素に投資判断をする。経営陣は投資家の期待に答えようと粉飾会計に手を染めてしまうだろう。
感想
会計学が過去の損益計算を主軸として発展したことがよくわかった。著者の主張にも説得力があるが完全に首肯できるかといったら私自身はそうでもないかなと思った。
現在受け入れられている将来の予測に基づく財務諸表の作成は、粉飾の動機を生むのは確かであろう。しかしそれに応じて、特にアメリカでは厳格な会計基準へと進化してきた。
この過程から時計の針を戻し再び損益計算のみ(著者はここまで言及していないが)に特化した会計学に再構築するのは金融市場との関係からもはや不可能であると思うからである。