本書の概略は省略して、感想というか本書を読むことによって産まれたくだらない持論のみ記述する。
期待に働きかけることを政策に組み込む(金融政策ならフォワードガイダンス)ことはマクロ経済学の研究の進展によって有効であると理論化?されたので各国の中央銀行も採用している。
しかし黒田総裁時に行った大胆な金融緩和政策によって物価上昇率を緩和開始から2年で2%にするという政策は残念ながら期待した成果はあげられず(現在の物価上昇は別の要因による)、日銀のバランスシートは野放図に拡大されていく結果となった。
結局、期待に訴えかけるのは有効と言えないのだろうか。私も読みながら考えたのだが、直感的に出した結論は、期待に訴えることが有効である可能性があるということはFRBが証明しているので否定することは出来ない。ではなぜ日本の場合上手くいかなかったかと言うと、一因として考えられるのは過去の経験が将来の期待の形成に消極的な影響を及ぼした可能性があるということである。繰り返しになるがこれはあくまで可能性としての一因であり、そもそも低生産性や人口減少という日本経済の構造が成長を阻害していたのもあるだろうが。
過去の経験とは、80年代の金融緩和政策から90年代に入り急激な金融引き締めというドラスティックな金融政策の転換である。
金融引き締めによって引き起こされたバブル崩壊や、バーゼル規制による自己資本の充実化によって、金融機関は資金を引き上げ企業の財務に大きな悪影響を与えた。資金繰りが悪化した企業のバランスシートは、銀行借入による負債中心から自己資本を豊富にする財務政策へと転換することになった(大企業はバブル崩壊前から規制緩和等により資本の充実を図りつつあったが、中小企業も自己資本の蓄積を重視するようになる?)。企業はレバレッジを低くし、堅実な経営に徹するようになったのだ。
金融緩和から容赦のない金融引き締めに転換するという苦い経験をした企業経営者からしたら、いくら量的にも質的にも大幅な緩和をすると表明して政府サイドが期待を形成しようと働きかけても、生産者サイドが出口戦略を予測出来なければ、結局、同じ轍を踏むことになり、企業の投資活動は消極的にならざるを得ない。
またネガティブな期待の形成はさらに経済に悪影響をもたらすだろう。例えば消極的な景気見通しは費用を最小限にするという発想をもたらし、人件費も抑制されることになるため国内の消費は低調になりこれも成長の阻害要因となる。
さらに野田政権時にできた消費税増税の三党合意によって消費税増税が明言されたが、この消費税増税の法制化はポジティブな期待の形成にさらなる悪影響を与えるのは必至であっただろう。
私は本当にポジティブな期待を形成したかったのであれば気前のいいことだけ言わず、当初から出口戦略の方針を丁寧に示し、それを実行するにあたっても企業を見捨てることはないというメッセージを出し、安心感を与える必要があっただろうと思う。また三党合意も破棄すればよかったのかもしれない。
しかし、それの実現にはかなりの困難が想定される。金融緩和が未知の領域に達する中で、物価上昇率の推移を予測することは困難であるため、出口戦略を事前に提示するのは不可能に近い。そもそも異次元な金融緩和の出口の際、債権の下落によって各金融機関の損失の発生の埋め合わせから、公金が使われる可能性がある(二神・堀のマクロ経済学の教科書に記述されていたような気がする)ためマイナスな期待が形成される可能性がある。
また消費税増税の先送りは、財政の脆弱化をもたらすことにより国債の格付けに悪影響が出て、国債の金利支払いの増加であったり企業の資金調達の費用の上昇につながることになる。さらに、消費税増税の先送りは財政健全化の先送りを意味し、これが(二期間モデルから考えると)本当に国民の景気のマインドを上向きにすることが出来るのかどうかもわからない。
以上のようにポジティブな期待の形成は、政策を主導した安倍前総理が想定する以上に困難な作業であったように私は思う。(2023/10/29)